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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17962号 判決 1993年5月14日

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  被告は、別紙認容金額一覧表氏名欄記載の原告各自に対し、同表認容額欄記載の金員及びこれに対する同表起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  別紙認容金額一覧表氏名欄記載の原告らのうち原告桜井を除く原告らのその余の請求及び原告松村、同成岡、同饗庭の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告桜井と被告との間に生じたものは全部被告の負担とし、原告松村、同成岡、同饗庭と被告との間に生じたものは全部原告らの負担とし、その余の原告らと被告との間に生じたものは、これを五分し、その一を被告の負担とし、その四を同原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告ら各自に対し、別紙請求金額一覧表(略)請求額欄記載の金員及びこれに対する同表記算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成元年三月二三日、バックグラウンドミュージックの企画、制作及び配給等を目的とし、事業目的を同じくするコムネット株式会社(以下「コムネット」という。)から分離独立して設立された株式会社(以下「被告会社」という。)である。

2  原告桜井を除く原告らは、別表一(略)入社年月日欄記載の年月日にコムネットとの間で雇用契約を締結した後、被告会社設立時又は設立後に被告会社へ移籍した。原告桜井は、平成元年五月一日被告会社との間で雇用契約を締結した。

3  別表一氏名欄1ないし7の原告らは、同表解雇・退職年月日欄記載の日に解雇予告期間をおかずに即時解雇された。

また、同表氏名欄8ないし12の原告らは、同表解雇・退職年月日欄記載の日に被告会社との間の雇用契約を合意解約した。

4  被告会社の退職金支給規程には、要旨次のとおり規定されている。

(一) 退職金は、従業員の退職時の基本給月額に支給率を乗じて得た金額とする。支給率は、二〇年未満勤務した者についてはその勤続年数とし、二〇年以上勤務した者については勤続年数に加算率一・一を乗じたものとする(五条)。

(二) 一〇年以上勤務した者については、勤続功労金として、左記の額を加算する(六条)。

(1) 一〇年以上一五年未満勤続一〇万円

(2) 一五年以上二〇年未満勤続二〇万円

(3) 二〇年以上勤続 三〇万円

(三) 一か月に満たない日数は一か月に繰り上げ、一年に満たない端月数は月割りにより算出する(七条)。

(四) 退職金は、退職日から一週間以内に支給する(一一条)。

5  被告会社設立の際、コムネット及び設立中の被告会社は、退職金に関する移籍条件として、退職金算定の基礎となる勤続年数を両社の通算勤続年数とし、被告会社が退職金全額を支払う、両社の内部負担の割合は各在籍期間の比とする旨の合意をし、原告桜井を除く原告らは、右移籍条件の説明を受けたうえ、被告会社への移籍に同意した。

6  原告らの解雇又は退職時の基本給月額、コムネット及び被告会社の通算勤続年数(ただし、原告桜井については被告会社のみの勤続年数)、加算率、勤続功労金、退職金合計額は、別表一の各所定欄記載のとおりである。

7  原告高橋、同平本、同早坂、同萩原、同田子、同饗庭、同西岡、同斉藤、同梅田は、コムネットの破産手続において、被告会社を被代位債権者として、退職金合計額のうちコムネット支払部分を「代位権者に対する債権者の退職金支払債務のうち破産者が負担すべき部分の求償権」として債権届出し、右債権は、被告会社を含む破産債権者ら及びコムネットのいずれからも異議が出ないまま債権表に記載された。

したがって、仮に、コムネットと設立中の被告会社との間で各社がその在籍期間の比により退職金を支払うことが合意されていたとしても、右債権表の記載には、破産法二四二条に基づき確定判決と同一の効力が認められるから、被告会社は、コムネット支払分を含め退職金支払義務がある。

8  即時解雇された別表一(略)氏名欄1ないし7の原告らのうち、原告高橋、同平本及び同早坂は、解雇予告手当金の支払を受けていない。同原告らの三〇日分の平均賃金額は、原告高橋につき三八万八五〇〇円、同平本につき二五万九五〇〇円、同早坂につき二〇万八五〇〇円である。

よって、原告らは、被告に対し、別紙請求金額一覧表請求額欄記載の金員及びこれら(付加金を除く)に対する同表起算日欄記載の日(退職金につき支払期限到来の日の翌日、解雇予告手当金につき訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、3、4の各事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告桜井、同松村、同成岡を除く原告らが、コムネット入社後に被告会社へ移籍したこと、原告桜井が平成元年五月一日被告会社に雇用されたことは認めるが、その余は否認する。原告松村及び同成岡は、平成四年六月一日被告会社に雇用されたものである。

3  同5の事実は否認する。被告会社設立の際、コムネット及び被告会社は、退職金算定の基礎となる勤続年数を両社の通算勤続年数とし、各社がその在籍期間の比により退職金をそれぞれ支払うことを取り決め、原告らもこれを承諾して被告会社に移籍したものである。

4  同6の事実のうち、原告桜井の退職時の基本給月額、勤続年数、加算率、勤続功労金、退職金合計額が別表一の各所定欄記載のとおりであることは認める。

原告松村及び同成岡は、平成四年六月一日被告会社に雇用され、その勤続年数が一年に満たないから、退職金の支給対象とはならない。

その余の原告らの解雇又は退職時の基本給月額、コムネット及び被告会社の通算勤続年数、加算率、勤続功労金、退職金合計額が別表一の各所定欄記載のとおりであることは認めるが、被告会社が右退職金合計額全額について支払義務のあることは否認する。被告会社が右原告らに支給すべき退職金は、各退職金合計額に被告会社の在籍期間の比を乗じて得た額である。

したがって、被告が原告松村及び同成岡を除く原告らに支給すべき退職金額は、別表二被告退職金支給額欄記載のとおりである。

6  同8の事実は認める。

三  原告饗庭の退職金請求に対する抗弁

被告会社は、平成四年九月三〇日、原告饗庭に対し、退職金二三万三八一一円を支払った。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

一(一)  請求原因1(被告会社)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  同2(原告ら)の事実のうち、原告桜井、同松村及び同成岡を除く原告らが、コムネットから被告会社へ移籍したこと、原告桜井が平成元年五月一日被告会社に雇用されたことは当事者間に争いがない。

(三)  同3(原告らの解雇及び合意解約)及び4(被告会社の退職金規定)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因5(退職金に関する移籍条件)の事実について

1  退職金に関する移籍条件として、コムネットと設立中の被告会社との間で、退職金算定の基礎となる勤続年数を両社の通算勤続年数とする旨の合意がされたことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告らは、右退職金の支払について、コムネットと設立中の被告会社との間で、被告会社が退職金合計額全額の支払義務を負担し、右両社の内部負担の割合をその在籍期間の比とする旨の合意がされたと主張するのに対し、被告会社は、右両社が退職者に対しその在籍期間の比により退職金支払義務をそれぞれ負担する旨の合意がされた主(ママ)張するので、以下において判断する。

2  被告代表者本人尋問の結果により設立が認められる(証拠・人証略)及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  コムネットは、かねてから第一営業部門(音楽部門)を分離独立させる分社構想を持っていたが、昭和六四年一月頃から具体的な計画準備にとりかかり、昭和六三年一一月一〇日の臨時株主総会で最終決定され、平成元年一月以降、経理移行作業、移籍役員及び従業員の決定等の準備が進められた。なお、被告会社は、コムネットと同じ中央区日本橋馬喰町所在のビル内に置かれ、代表取締役も同一人が兼任することになった。

(二)  被告会社を設立するにあたって、コムネット及び設立中の被告会社は、コムネット従業員を被告会社に移籍させることとし、移籍者の退職金額については、移籍者に不利益にならないようにするため、コムネット及び被告会社の通算勤続年数を基礎として退職金を算出することなどを取り決めた。

(三)コムネットは、平成元年一月二四日、民放労連コムネット労働組合との間で、「分社構想に伴う人事移籍に関する協定書」を取り交わし、移籍については、移籍の対象となった者の同意をとること、退職者の退職金はグループ間のすべての在籍年数を加算し、各社の在籍年数分を各社がそれぞれ支払うことを合意した。

(四)  コムネットは、職制会議において、右移籍条件の趣旨を徹底するとともに、全従業員に対し、朝礼で説明を行った。原告桜井、同松村及び同成岡を除く原告らは、被告会社の設立時又は設立後に、被告会社からコムネットへの移籍を承諾して、被告会社へ移籍した。

(五)  被告会社設立後にコムネットから被告会社へ移籍した従業員のうちで、被告会社を退職した従業員は三名存在するが、被告会社の経理上、両社の通算勤続年数を基礎に算出した退職金のうち被告会社の在籍期間の比に応じた額を右従業員らに支払った形での処理がされた。なお、右三名のうち、二名は組合員ではない。

3  右2の事実に基づいて考えてみると、コムネットは、移籍者の退職金の扱いについて、民放労連コムネット労働組合との間で、グループ間のすべての在籍年数を加算し、各社の在籍年数分を各社が支払う旨の合意をしたが、通常従業員に対し一律に取り扱われる退職金に関し、その支払についてのみ組合員と非組合員を異なる扱いにしたとは考え難いから、非組合員である移籍者の退職金についても組合員と同様の扱いが取り決められたとみるのが合理的であること、移籍者の退職金支払についての被告会社の実際上の扱いに加えて、原告平本和志は、退職金算定の基礎となる勤続年数を通算勤続年数とするとの説明を受けたことについて明確に供述しているものの、コムネットと被告会社がどのように退職金の支払義務を負担するかについては曖昧な供述をするにとどまっていることに照らせば、被告の主張するとおり、コムネットと設立中の被告会社は、退職金に関する移籍条件として、退職金算定の基礎となる勤続年数を両社の通算勤続年数とするが、その支払については各社が在籍期間の比により支払う旨の取決めをしたものと認めるのが相当であり、この認定に反する原告らの前記主張は採用することができない。

なお、弁論の全趣旨によって成立の認められる(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果によれば、コムネットから被告会社へ移籍した飯田功は、平成二年一月一五日頃、コムネット及び被告会社の通算勤続年数を基礎として算出した退職金四〇九万円を被告会社代表取締役木下昌也から現金で一括受領したことが認められるが、木下昌也はコムネット代表取締役を兼任しているうえ、右両社が同じビル内にあることから、木下昌也から退職金を現金で一括受領したからといって、被告会社から退職金全額の支払を受けたことにはならず、右認定を覆すには足りない。また、(証拠・人証略)、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告会社は、原告西岡哲也に対し、コムネット及び被告会社の通算勤続年数を基礎として算出した退職金五〇万八七五〇円を被告会社振出名義の小切手で支払った(ただし、後に不渡りとなった。)ことが認められるが、コムネット破産宣告後の事情であるうえ、コムネット破産管財人である小村弁護士の了解を得て、被告会社名義で支払ったとの被告代表者本人尋問の結果に照らせば、これもまた右認定を覆すに足りるものではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

4  右2で認定した事実によれば、コムネットから被告会社へ移籍した従業員らは、退職金に関する前記移籍条件を前提とする移籍に同意して、被告会社へ移籍したことが認められる。

5  そうすると、被告会社がコムネットから移籍した従業員らに支給すべき退職金は、退職金算定の基礎となる勤続年数をコムネット及び被告会社の通算勤続年数として算出した退職金合計額に、両社の通算在籍期間に対する被告会社の在籍期間の比を乗じて得た金額であると認めるのが相当である。

三  請求原因6(退職金の算定)の事実について

原告桜井の退職金額が六六万六〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

原告松村及び同成岡については、前記移籍条件に基づいて、コムネットから被告会社へ移籍したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、書込み部分を除き原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、右原告らは、平成四年五月、破産に至ったコムネットを解雇され、平成四年六月一日、被告会社に新規採用されたことが認められる。したがって、右原告らの被告会社における勤続年数は一年未満であるから、右原告らは、被告会社に対し、退職金請求権を有しない。

その余の原告らの解雇又は退職時の基本給月額、コムネット及び被告会社の通算勤続年数、加算率、勤続功労金、退職金合計額が別表一の各所定欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。そして、右原告らの退職金の支払については、右両社がその在籍期間の比により支払うことは、前記のとおりであり、(証拠略)によれば、右原告らの通算在籍期間及び被告在籍期間は、別表二(略)の各所定欄記載のとおりであることが認められる。以上に基づいて、被告会社が右原告らに支給すべき退職金額を算出すると、別表二被告退職金支給額欄記載のとおりとなる。

四  請求原因7(債権表への記載)の事実について

原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)によれば、請求原因7の事実が認められるところ、原告らは、債権表の記載には、破産法二四二条に基づき確定判決と同一の効力(既判力)が認められるから、被告会社はコムネット支払部分を含めて退職金全額の支払義務があると主張するが、債権表への記載の効力は、以後その破産手続において、破産債権の存在、額、優先性などが債権表の記載どおりであるとして手続を進めなければならないというにとどまるのであって、それ以上の拘束力はないから、原告らの右主張はそもそも失当というほかない。

五  原告饗庭の退職金請求に対する抗弁について

弁論の全趣旨によれば、被告会社が原告饗庭に対し退職金二三万三八一一円を支払ったことが認められるから、抗弁は理由がある。

六  請求原因8(解雇予告手当)の事実は、当事者間に争いがないから、原告高橋、同平本、同早坂は、被告会社に対し、解雇予告手当金の支払を求めることができる。

七  以上によれば、原告らの被告会社に対する本件請求のうち、別紙認容金額一覧表氏名欄記載の原告らの被告会社に対する同表認容額欄記載の退職金、解雇予告手当金及びこれらに対する同表起算日欄記載の日(退職金につき支払期限到来の日の翌日、解雇予告手当金につき訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同表氏名欄記載の原告らのうち原告桜井を除く原告らのその余の請求、原告松村、同成岡、同饗庭の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、また、被告が原告高橋、同平本及び同早坂に解雇予告手当金を支払わないことについては、被告会社に対し、これと同額の同表認容額欄記載の付加金の支払を命じるのが相当である。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

<別紙> 当事者目録

原告 高橋湛

原告 平本和志

原告 早坂孝

原告 田子祐一朗

原告 萩原弘道

原告 松村千恵

原告 成岡聡子

原告 桜井健太郎

原告 饗庭宏樹

原告 西岡哲也

原告 斉藤洋道

原告 梅田晃

右原告ら訴訟代理人弁護士 氏家茂雄

被告 株式会社東京コムネット

右代表者代表取締役 木下昌也

右訴訟代理人弁護士 長谷川久二

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